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私が肥満児と呼ばれるようになったのは、丁度小学3年生の頃からだった。それまで食べたいだけ食べていた私。国松様にも、いなかっぺ大将にも、勝るとも劣らぬ豪食ぶり。
朝、茶碗山盛り一杯のおにぎり3つと、味噌汁3杯。給食は、当番を脅しテンコ盛り。余ったパンも男子と取り合い、肉嫌いの親友からは、鶏のから揚げの日は必ず貰い受ける。家に帰ればドデカイ仏壇の中にお供え物。それが私のおやつ。モナカに栗まん、プチシュー、なごやん。それにつけてもおやつはカールにかっぱえびせん。炭酸飲料欠かさず常備。サイダー、ファンタ、スプライト、たまに米屋でプラッシー。
これは、父親が飲料水工場の息子だった事が、影響しているのだろう。そうして、出来上がった私の体は、婦人服しか入らぬ巨貫と化していた。そんな私が幼心に『痩せたい』と思った最初の出来事は、赤い靴だった。 ・・・つづく・・・ |